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広島高等裁判所 昭和59年(く)36号 決定

少年 M・T(昭四〇・二・二四生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、附添人○○○○作成の抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は要するに、(一)原決定は少年を特別少年院に送致したが、下関市内に住む少年の叔母A子、その夫で○○○○有限会社の代表取締役をしているBの夫婦が少年を手許に引きとり、右会社で就労させることを確約しており、これにより組関係からの離脱も可能となつていて、もはや少年には要保護性はないというべきところ、原決定はこれを認めなかつたから、この点で要保護性の基礎事実につき、決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、(二)また少年を前記少年院に送致した原決定の処分は、著しく不当である、というのである。

そこで所論にかんがみ、本件少年保護事件記録並びに同調査記録を精査して検討するに、本件は、少年が昭和五九年一〇月九日ごろ及び同月二〇日の二回にわたり、覚せい剤を自己使用し、更に同月二一日覚せい剤約〇・一四六グラムを隠匿所持したという事案である。少年は、原決定が説示しているとおり、昭和五八年六月ごろから暴力団○○一家○組に出入りするようになり、同年一二月には進んで同組のいわゆる代紋をもらつて正式組員となつたもので、翌五九年五月暴力行為等処罰に関する法律違反の非行を犯し、そのため同年七月二六日二度目の保護観察に付され、特別遵守事項として、仕事をみつけてまじめに働くこと、暴力団と縁を切ること等を指示されながら、依然右組員として無為徒食の生活を続けているうち、本件非行に及んだことが明らかである。しかも、少年が覚せい剤を使用し始めたのは右保護観察に付された直後の昭和五九年七月末ごろであり、本件で使用する等した覚せい剤を入手するため密売人と連絡したのも少年であつて、その他記録上認められる少年のこれまでの非行歴、年齢、性格、交友関係、家庭の保護能力等を総合すると、その非行性の深化は甚だしく、少年の要保護性は顕著といわざるを得ない。もつとも、所論は前記(一)のとおり、もはや少年には要保護性はないなどと主張し、附添人が原審経由のうえ当裁判所に提出した前記B、A子夫婦作成名義の嘆願書によると、概ね右(一)に添う記載があるけれども、少年の叔母A子は、原審における審判廷に出頭した際にも、またそれより以前の家庭裁判所調査官による調査のときにも、少年を引きとるなどと供述した形跡は記録上全くなく、少年も右叔母を避ける傾向にあつたことに徴すると、原決定後に、B、A子夫婦が少年に対する態度をかえたからといつて、それ故に少年の要保護性が消滅ないし著しく減少したとは到底認められないのであつて、原決定に所論のような事実の誤認はなく、先に認定したところによると、少年を特別少年院に送致した原決定の処分が、著しく不当であるともいうことはできない。

なお附添人は、「抗告理由の追完」と題する書面を提出しているのであるが、少年審判規則四三条二項は、抗告申立書には抗告の趣意を簡潔に明示しなければならない旨規定しており、右条項の意味は、抗告の趣意は抗告申立書自体に明示すべきであり、仮にこれによりがたい場合においても、抗告提起期間内に、抗告の趣意を記載した理由書の提出を要求しているものと解するのが相当である。そうすると、前記書面はもとより抗告申立書自体ではなく、また同書面は、抗告提起期間を経過したのちに差し出されていること記録上明白であるから、不適法というほかなく、これに対して判断を加える必要はないことに帰する。(但し、前記書面には、原決定は少年の薬物依存傾向につき、自白のみにより事実を認定していると主張し、この点で決定に影響を及ぼす法令の違反があるとの所論が見られるので、念のため職権で考察するに、原決定が説示している右薬物依存傾向は、少年の要保護性に関することで非行事実についてではなく、従つて、少年の自白のみによつて認定してなんら差支えない事項である。右所論は採用の限りでない。)

以上のとおり、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条に則りこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 竹重誠夫 横山武男)

抗告申立書〈省略〉

〔参照〕原審(山口家下関支 昭五九(少)六六〇、六六四号 昭五九・一一・二二決定)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、法定の除外事由がないのに

第一 昭和五九年一〇月九日頃の午前二時頃、下関市○○町×丁目×番×号C子方居宅において、フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤粉末少量の水溶液を注射器で自己の腕部血管に注射し、もつて覚せい剤を使用し、

第二 同月二〇日午後一一時頃、前記C子方居宅において、前同様の覚せい剤粉末約〇・〇二グラムの水溶液を注射器で自己の左足首内側の血管に注射し、もつて覚せい剤を使用し、

第三 同月二一日午前九時四〇分頃前記C子方居宅において、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末約〇・一四六グラムを隠匿所持し

たものである。

(上記事実に適用すべき法令)

第一、第二覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条

第三、同法四一条の二第一項一号、一四条一項

(処遇)

少年は、昭和五九年七月二六日当庁において暴力行為等処罰に関する法律違反保護事件で、保護観察の決定を受けたにもかかわらず、仕事をみつけてまじめに働くこと、暴力団とは縁を切ること等の特別遵守事項を顧ることなく暴力団○○一家内○組組員として無為徒食の生活を続けるうちに本件非行を敢行するに至つたものである。

少年は中学時代から組事務所に出入りするなど暴力団に対し親和感を抱いていたものであるが、更に昭和五八年六月頃から前記暴力団○組に出入りするようになり、同年一二月には正式組員となつて以来暴力団構成員として活動を続けてきたもので、前件暴力行為事件も被害者に因縁をつけ、共犯者とともにこれに一方的に暴行を加え組関係者の事務所に連れ込もうとしたという典型的な暴力団関係者の犯罪であつて、前件による保護観察後も指導を無視して組事務所への出入りを続け、しかも、保護観察決定の直後に覚せい剤を覚え、少年が自認するだけでもこれまでに八回にわたり使用するに至るなど、少年の反社会的価値観への傾斜遵法精神の欠如には著しいものがあり、その非行性の深化はこのまま放置しえない状況に達しているというべきである。しかも、少年の実父母は少年を見棄てて家出しており、代つて保護者となつた祖母や、叔母夫婦らの監護にもこれまでの少年の行状等からみて多くを期待し得ないこと、シンナー吸引から覚せい剤乱用へと発展し、その使用状況も、単なる好奇心の域を越えて一人でも使用するようになつているなど、薬物依存傾向にも著しいものがあること等の事情を併せ考えると少年の今後の健全な育成を期するためにはこの際少年を少年院に送致して矯正教育を受けさせる他ないというべきであり、これら暴力団との接触等を通じて形成された非行性の深化、薬物への依存度等の事情に加え、少年の年齢、結婚して一子を儲けたうえ暴力団に加入するなど既に成人並の生活を送つてきていること等の事情を考慮すると、少年を特別少年院に送致して専門的訓練により少年に堅実な生活観、職業観を形成させるとともに、覚せい剤の有害性・反社会性を理解させ、もつてその更生をはかることが相当である。

よつて少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項後段、少年院法二条により主文のとおり決定する。

裁判官 水島和男

〔参考〕再抗告審(最高裁 昭六〇(し)八号 昭六〇・三・二七再抗告棄却決定)

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